光雲無碍如虚空

光雲無碍如虚空(こううんむげにょこくう) 一切の有碍(うげ)にさはりなし
光沢かぶらぬものぞなき 難思議(なんじぎ)を帰命せよ
(浄土和讃)

輝く雲のように広がる阿弥陀仏の光は、どのような煩悩ににも妨げられることがありません。その光のはたらきを受けない者はいません。はかりしれないはたらきの難思議に帰命するがよい。
※「難思議」とは「不可思議」の意であり、阿弥陀仏の別名です。

解脱の光輪きはもなし

解脱の光輪きはもなし 光触(こうそく)かぶるものはみな
有無をはなるとのべたまふ 平等覚に帰命せよ
(浄土和讃)

阿弥陀仏のさとりの光は果てしなく照らします。その光を受ける者は、みな有無の邪見を離れると言われています。すべてのとらわれを離れさせる平等覚に帰命するがよい。

智慧の光明はかりなし

智慧の光明はかりなし 有量(うりょう)の諸相ことごとく
光暁かぶらぬものはなし 真実明に帰命せよ
(浄土和讃)

阿弥陀仏の智慧の光明は、はかりしれません。迷いの世界の者で、その光に照らされない者はいません。真実の智慧の光である真実明に帰命するがよい。

弥陀成仏のこのかたは

弥陀成仏のこのかたは いまに十劫をへたまへり
法身の光輪きはもなく 世の盲冥をてらすなり (浄土和讃)

阿弥陀仏は、仏となってから既に十劫(じっこう)の時を経ました。
さとりの身から放たれる光輪は果てしなく、迷いの闇にいるものを照らします。
※「劫」は長い時間の単位

三帖和讃(浄土和讃・高僧和讃・正像末和讃)は親鸞聖人が撰述された和讃です。